Chapter01高減衰ゴムを活用した
先進的な制振技術を超高層ビルへ。
M.S.
グラストに用いられる高減衰ゴムは、特殊な配合により運動エネルギーを瞬時に熱エネルギーに変換する特性を持っています。そのルーツは住友ゴムが手掛けてきたレース用タイヤ。路面の凹凸によって起こるバウンドを吸収するゴムの研究開発の知見が活かされ、最初は橋梁ケーブル用ダンパーとして、その後は技術を応用してビルや戸建て住宅、熊本城などの文化財に用いるダンパーが開発されました。
私は大学院の研究室で高減衰ゴムを用いた制振装置が建物に及ぼす効果の解析検証などを行っていました。住友ゴムに入社後は制振ビジネスチームでダンパーの設計や開発を担当。入社3年目から建設会社の設計担当者への技術提案なども任されるようになりました。今回の超高層ビルのプロジェクトに参加したのもちょうどその頃。グラストの導入は決まっていましたが、建設会社の設計担当者と打ち合わせを重ね、仕様を具体化するところからスタートしました。
T.T.
私は住友ゴムに入社後、20年以上に渡って製造に携わってきました。2004年から始まった制振事業にでは、さまざまな製品を立ち上げていく必要がありましたが、その中でこれまでの製造部門での経験を活かして欲しいという話をいただき、制振ビジネスチームへ異動しました。そして、開発・設計のメンバーと製造部門の間に立ち、製造方法や量産化の検討、生産計画の立案といった開発支援を行ってきました。
ビルダンパーの対応として、既存製品をご採用いただく場合と、お客様の仕様に合わせて新たに製品を設計して製造する2つのケースがありますが、今回の超高層ビルの対応は後者です。そこで使用されるダンパーは、M.S.さんがお客様の要望を受けて設計したものでしたが、その構造は今までにない形状であったため製造部門と架け橋となる役割を担いました。
Chapter02制振事業の可能性を広げるために——
課題解決に導いた熱意と創意工夫。
M.S.
超高層ビルの設計では風対策も検討する必要があります。今回の建物計画では、地震対策のダンパーとは別に、風対策用のダンパーを使用する設計方針となっていました。ただ、風対策用ダンパーは、建物内のダンパー設置スペース節約の観点から、可能な限り小型化する必要がありました。そこで、比較的装置形状の自由度が高い粘弾性ダンパーを使用するという設計者の判断から、当社に打診がありました。当社の高減衰ゴムは粘弾性材料の一種ですが、その特徴は業界内でも特に材料強度が高く、装置を小型化できること。今回の要求事項に最も適していたということになります。
装置設計に当たり、風対策と省スペース性の両立を考慮して、薄い高減衰ゴムと鋼板を多数重ねる仕様となりました。理論上は可能でも、製品として実現できるかは別問題。今後の制振事業の進展やグラストの可能性を追求するためにも、住友ゴムとして初の試みにチャレンジしました。
T.T.
通常、当社で扱うグラストの制振ダンパーは、高減衰ゴム1〜2層を鋼板と接着して製造します。今回M.S.さんが設計したのは、極薄の高減衰ゴムを、鋼板を挟みながら多数積み上げた、たとえるならミルフィーユのような形状でした。
この話を聞いた時は、正直、「こんなのは見たことがない。難しそうだ…」と思いました。一方で、これを実現して制振事業の可能性を広げたいというM.S.さんの想いも一緒に伝わってきました。そんな熱意が私の気持ちまで前向きにさせてくれたのです。製造部門に話を持っていった時は、担当者は私の最初の想いと同じ気持ちだったと思います。そこで、新しい制振ダンパーのために一丸となれるよう、私もM.S.さんから受け継いだ熱意を伝えました。何度も試作を繰り返しましたが、製造部門が私たちの想いに応えてくれたのは、「挑戦してみよう!」という前向きな気持ちを共有できていたからだと思います。
M.S.
今回の製品は極薄のゴムと鉄板を大量に重ねた構造で、従来の製造方法では加熱の本工程前にゴムに熱が回り切ってうまく作れません。また、現場の作業負担も大きいことが技術的な課題でした。解決方法を探すために、T.T.さんとは工場に何度も足を運びました。ゴムへの熱の伝わり方の測定、金型の検討、製造部門担当者との意見交換、試行錯誤を繰り返す日々…。そんな中、考えに考え抜いたからでしょう。両方の課題を同時にクリアする金型構造のアイデアが浮かびました。試作の結果や現場作業者の反応からも、「これならできる!」という手応えを掴むことができました。あきらめずに挑戦を続けたことが、製品化に向けた大きな一歩になりました。
Chapter03量産化から設置完了まで
実践した「現地現物」の精神。
T.T.
ダンパーの製造方法の道筋は見えましたが、今回対象となるビルには400個のダンパーが入ります。ゴムや鋼材のサイズを正確に揃えることや材料を組む時のバランス調整など、量産しても精度や品質に問題が出ないか、検討することはたくさんありました。それらを私はもちろん、M.S.さんや製造部門のメンバーとアイデアを出しあって一つひとつ解決していきました。
私は長く製造や開発支援に関わってきましたが、グラストについては立ち上げ時から参加し、成功も失敗も経験してきました。今回の件では、「こういった形で試してみては?」「これは以前失敗したからやめておこう」といった具体的なアドバイスを心掛けることで、自分の経験を製品化のために還元できたように思います。また同時に若い人たちの想いやアイデアに刺激を受け、「こんな考え方があったのか!」と自分をアップデートするいい機会に。一人の技術者として、まだまだ成長できると感じました。
M.S.
実際に建設現場でダンパーの設置が完了するまで、さまざまなリスクを想定した上で進めていましたが、T.T.さんから以前教えてもらった「どんなに想定していても想定外は必ず起きるもの」という言葉は真実でした。たとえばダンパーの梱包。ダンパー表面がめっき仕上げのため、通常のパレット積みではキズがついてしまい使えません。一方で、製品重量を支えられる梱包仕様が必要でした。納入まで時間がない中、業者さんと何度も試作して作った特注品で運びました。容器以外にも、輸送中の鋼板のズレなどが生じないような工夫も別途必要でした。
初の試みだったからこそ、いくつか想定外は起きましたが、そのたびに工場や現場に足を運び、自分の目で確かめ、周りに意見を聞いて課題を解決することを常に心掛けました。住友ゴムには「現地現物」の精神が育まれています。今回の件を通して、その大切さをあらためて知ることができました。
Chapter04建物と人命を守り
安心安全を提供するために。
T.T.
制振ダンパーは車で言えばエアバッグのようなもの。普段は目立ちませんが、いざという時に活躍する安心安全を提供するものだと考えています。近年は日本のみならず、海外の地震多発国でも住友ゴムの制振ダンパーが導入されています。自分の仕事が人命を守ることにつながることを思うと、新たな挑戦にも前向きな気持ちで臨むことができます。
制振ビジネスチームの開発設計には若いメンバーが多く、活気があります。そんなチームの最年長として人材育成にも力を入れるなど、自分の知識や経験で事業を支えていくことを目標にしています。また、今もM.S.さんから「今度はこんなことをやってみたい…」といった相談をよく受けます。そんな周りの新たなチャレンジからも刺激を受け、年齢に関係なく成長し続けたいと考えています。
M.S.
今回の超高層ビルでの成果をきっかけに、グラストの認知がさらに広まり、さまざまな建築物での採用につなげることができました。その意味では、制振ビジネスチームとしても大きな転換点の一つになったプロジェクトでした。
院生時代から高減衰ゴムに関わってきましたが、理論上、高減衰ゴムの減衰性をさらに高めることはできます。しかし、それが実際にダンパーに使えるものかと言えば、そうではありません。入社後、さまざまなプロジェクトを通して得てきたのは、高減衰ゴムの“実用性”の視点。机上の理論ではなく、「現地現物」の視点で考え、人々の安心安全のためにグラストを導入できた時の達成感が、私の原動力の一つになっています。
そして、一人の技術者としての“好奇心”も私の原動力。現在は開発期間10年の大きなプロジェクトでの導入を進めていますが、高減衰ゴムの可能性に興味は尽きません。制振ダンパーだけではなく、さまざまな分野への技術応用も視野に入れ、これからも建物と人命を守るためのチャレンジを続けていきます。